沖縄移住のコラム

沖縄移住者の先輩によるコラム

 

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Vol.2 沖縄通いを選択した人々

沖縄移住の歴史

新しい旅のスタイルが生まれつつある

観光地・沖縄が移住地として脚光を浴びるようになって久しいが、近年はまた新しい旅のスタイルが生まれつつあるようだ。住みたいけれどそこまでの決心はつかない。でも、気がつけば沖縄に足を運んでいる。どこの観光地に向かうでもない。いや、めぼしい観光スポットはとうに行き尽くしているのだ。やることといえば、島で知り合った人たちと馴染みの居酒屋やバーで島酒をちびちび飲むことだけ。そう、ただ沖縄に通い詰めることだけを目的としている旅……。
こんな旅人が急増しているのだ。数字もこのことを裏付けている。
2004年度に那覇市が発表した統計資料によると、観光客の実に65%以上がリピーターで、来訪回数も「4回以上」と回答した人が34%とトップ。その2004年度はついに、「4回以上」の来訪者が「初めて」の人の割合を上回ったという。つまり、沖縄は「通う土地」になりつつあるのである。

沖縄に通う人が4回以上はザラ、6回以上の人も1割

個人的な話をすると、僕が沖縄に通い始めた80年代半ばから90年代は年に2回強だったが、それでも周囲からは奇異な目でみられたものだった。それがいまや4回以上はザラ、6回以上の人も1割いるというのだから、時代は劇的に変転したといえよう。しかも、これぐらいで驚いてもらっては困るのだ。なんとなれば、東京在住の僕の友人などは沖縄通い30年以上、年間の訪沖が20数回なんて人もいるからだ。この回数にはむろん、ビジネスや出張の回数は含まれていない。すべてプライベート旅行で、なかには日帰りもありという通い方もしている。もはや正気の沙汰ではない通い方だと思うのだが、上には上がいる。茨城県在住のご夫婦にいたっては年間訪沖25回、すなわち羽田〜那覇往復50回という記録をうち立てている。これにはわけがあって、航空会社には1年間に50回飛行機に搭乗すれば繁忙期でも優先的に座席が確保できるという特典があるのだが、なんとそのサービス資格を得るために月に2回以上の沖縄通いを決行したというのである。
なんとも、尋常ではないハマり方だが、ちなみにそのために費やした費用は旅費・滞在費を合わせて夫婦2人で350万円。つい先日も、この3人と行きつけの酒場で顔を会わせる機会を得たが、みなさん「今年もすでに10回近く重ねています」と、顔をほころばせていた。と、このようなことを書くと誰しも相当な資産家だと思うに違いない。だが、そうではないのだ。僕の周辺には年間訪沖数10回ぐらいの人ならごくフツーにいるが、それらの人を含めて、みな一介のサラリーマンや公務員で、特に裕福な暮らしをしている人はいない。

沖縄の現状は「住めば都」ではない

共通しているのはそれぞれ倹約家で、同僚との飲み会にも顔を出さず、コツコツ旅行資金をためては隙あらば沖縄に通い、旅程をつくるためには休日出勤もいとわない。ひとことでいえば実直な人ばかりなのだ。「おかげで内地の友だちがどんどん減っちゃってさあ」と、苦笑する人もいるが、ではなぜ沖縄に移住しないのか。酸いも甘いも噛み分けた世代の彼らは、沖縄の現状は「住めば都」ではないことをよく理解している。沖縄は失業率が日本一に加えて低賃金で、起業倒産率も高い。本来、移住地として最も向いていないことを沖縄に通いながら実感しているのだ。
「今の日本では通える土地があることがいちばん贅沢なんですよ。そんな土地に自分が稼いだ金を自分の友人たちのために使いたい」とは、彼らがよくいう言葉だが、どこに使われているのか役にたっているのかどうかわからない国の交付金よりも、彼らが落とすお金は、確実に庶民に廻っていることだけは確かだ。そう考えれば、彼らこそ沖縄にとっていちばんのVIPというべき存在ではないか。

 

とっておきの隠れ家1958年大阪市此花区生れのウチナーンチュ2世作家で沖縄大学講師。
著書に『住まなきゃわからない沖縄』『爆笑沖縄凸凹夫婦』『沖縄の人だけが食べている』『沖縄チャンプラ亭』『沖縄大衆食堂』など多数。
新刊、仲村清司の「独断偏見!!沖縄とっておきの隠れ家」も好評発売中。