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住み方あれこれ Vol.1 久木山渉・美智子 夫妻

沖縄創作料理 ごーやーちゃんぷるー ガラムマサラ風味

沖縄の自然が私を大きく変えた

沖縄移住の先輩

東京から越してきた久木山夫妻はご主人の渉さんがデザイナー、奥さまの美智子さんがカリグラファーというクリエイター夫婦。黄金森公園を望む自然豊かな南風原町に2人の住まいがある。
南風原町は那覇市に隣接した町で、空港にも近い那覇市のベッドタウンだ。

学生時代に沖縄出身の美智子さんと出会い、27歳で結婚。東京生まれ、東京育ちの渉さんにとって、移住前の沖縄は数年に一度遊びに来る「妻のふるさと」以外の何ものでもなかった。
慣れ親しんだ東京暮らしに別段、不満があるわけでもない。モノづくりに打ち込む2人にとって東京はエネルギーに満ち溢れた場所だった。 気持ちに変化が現れたのは40歳を超えた頃だ。人工的なものに対する息苦しさを感じるようになってきたのだ。当たり前だと思っていた満員電車もつらくなってきた。

仕事の一部であったイベントのプランニングをしても不燃焼気味で面白くない。何かしら壁に当たったような感覚を渉さんは覚えるようになっていた。 そんな時、頭をよぎったのが「いずれ海外に移り住もう」と2人で話し合ったこと。仕事や旅行でいろんな国を訪れるうち、移住という言葉がいつの間にか刷り込まれていったらしい。その候補地はアジアの国だった。

妻を通して沖縄を見ていた頃

沖縄移住が決まってからの美智子さんの行動は素早かった。
東京と沖縄を往復しながら、友人・知人を増やし美智子さんは沖縄でのネットワーク作りに励んでいった。

沖縄出身とはいえ東京での生活の方が沖縄で暮らした年月よりも長く、知り合いも限られている。親兄弟のいるふるさととはいっても、全く新しい人生が待っているのだ。心細くないわけがない。
不安を振り払うかのように、美智子さんは精力的に動き回った。

一方、大手のクライアントを抱えていた渉さんは移住してもなお東京と沖縄を往復する生活を送っていた。周りのお年寄りから声をかけられても方言が分からない。友だちがいるわけでもない。「最初の1?2年は妻を通して沖縄を見ていた」という。 しかし、沖縄生活は想像以上に2人に心の豊かさを与えてくれた。

自然に囲まれ、ゆったりした時間の流れに身を任せる心地よさは東京生活では決して得られなかったものだ。仕事で東京にいても、心の中に沖縄を感じるようになった。沖縄では車で10分も走れば海がある。内陸部の南風原町に住んでいても、近くに海があるというだけで安心するようになっていた。

東京にいた頃、自然には全く興味がなく、自然をモチーフにしたクリエイターの作品も嫌いで、「自分は絶対にやらない」と思っていた渉さんが散歩をするたびに、道端や浜辺に落ちている木の実やサンゴ、流木を拾って帰るようになっていた。形状や色合い、さわり心地などが何かしらインスピレーションを与えてくれるのだ。

渉さんの創作活動に刺激されるように、美智子さんもまた独自の作品を作り始める。同じ素材を使いながら、渉さんが楽器を作れば、美智子さんは額縁を制作する。個性の異なる作品が2人の自宅には並ぶようになった。

自然がインスピレーションを与えてくれる

渉さんは03年、那覇のホテルでヤンバルクイナの保護を訴える写真展を企画・開催。
その後、南風原町の特産である南瓜を使った「かぼちゃぜんざい」を2人で考案し地域の祭りに参加した。そこからさらに人の輪が広がり、いろんなイベントの企画に加わるうち、みんなと一つのものを作り上げる喜びに虜になってしまった。

沖縄とのつながりが大きく変わったのは2年ほど前。町内会議への参加がきっかけだ。
いわゆる「町おこし」のような企画だが、いろんなグループに声をかけ活動を展開している。

それに伴って知り合いもグッと増加した。 渉さんはいま、自分自身が楽しみながらイキイキと生きていることを実感する。
「大人が一生懸命になる沖縄の遊び」を実践しているのだ。東京ではイベント一つをとっても頭だけを使っていればよかった。体を使う人は別にいた。しかし沖縄では自然に体を動かしたくなるというのだ。

子どものいない夫婦だが、教育問題にも熱心だ。以前なら「関係ない」で済ませていたに違いない。 しかしいま、沖縄で経験した一つ一つの点に接点ができ、それが線となり、面となっている。自分の沖縄での作品作りやこれからの人生も見え始めた。

2人にとって、移住して6年目の夏がもうすぐやって来る。渉さんは03年、那覇のホテルでヤンバルクイナの保護を訴える写真展を企画・開催。その後、南風原町の特産である南瓜を使った「かぼちゃぜんざい」を2人で考案し地域の祭りに参加した。そこからさらに人の輪が広がり、いろんなイベントの企画に加わるうち、みんなと一つのものを作り上げる喜びに虜になってしまった。

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